お遍路とおじいちゃん。私が 一宮寺 (第83番霊場) を時々訪れるたった一つの理由

7ded88cece89364fcf5fa0c76d7f7b17_s

こんばんは。高松市のブロガー、かまんよ@ダイ・アオキです。今日もかまんですか。

さて、今週は四国八十八箇所やお遍路について語ります。第二回目です。
お遍路というキーワードを出すと、私が必ず話したくなるのが亡くなった祖父との思い出です。

1 働きずめの現役、退職後は孫の世話。そして孫が巣立った後に亡くなった祖父

jiichan

祖父 健二は3年前に亡くなりました。享年88歳。真面目でよく働いた人生でした。日本車両という鉄道車両を製造する会社を定年まで勤めあげました。現役で働いていたときも、工場勤務で体がヘトヘトにも関わらず、仕事を終えて帰宅後は嫌な顔一つせず、孫の私と毎日のように遊んでくれました。


日が長いうちは外でキャッチボールをしたり、家ではテーブルを使って卓球をしたり、トランプや花札をしたり。一生懸命遊んでくれました。

2 腰を折り 首を垂れた 一宮寺 

祖父がまだ存命のとき、私は妻と結婚式を挙げました。妻が高松市出身ということで、高松市内の式場で結婚式をあげました。このとき、青木家一同を高松に呼びました。結婚式が始まるのは昼頃だったため、朝のころは時間があります。妻の母が機転を利かせてくれて、式場から最も近い霊場である「一宮寺」に祖父を連れて行ってくれたのです。
霊場は早朝7時ごろから参拝することができます。この日も朝早くから大勢のお遍路さんが本堂や大師堂で合掌をしていたり、読経をしていたそうです。6月の太陽がお遍路さんたちをやさしく照らしていました。その姿が神々しくて感動し、祖父は突然起立し、曲がった腰をさらに折り、手を合わせたまま深く首を垂れました。
披露宴の歓談中、祖父からこの一宮で見たできごとを聞きました。またその後、名古屋の祖父の家に私が里帰りするたびに、この一宮寺で見た光景を何度も話してくれました。それだけ深く感動したのだと思います。

3 同行二人 祖父に見守られている安心感 

2fe268b579b5630d38363b83c435d8b7_s

私は時々この一宮寺に来ます。祖父が見たあの時の一宮寺を通して、私は祖父と束の間のひと時を過ごすんです。

お遍路には、「同行二人」という超有名な言葉があります。険しい遍路道を一人で歩くとき、ついつい悪い心を抱きそうなとき、なまけ心が芽生えるとき、いついかなる時も弘法大師様に見守られているのだという意味です。

私はときどき自分に自信がなくなったり、つらいことがあると私はここで祖父 健二に会いに来ます。そして、前を向いて歩き続けることができるのです。

ありがとう、じいちゃん!!

4 最後にちょっとかまんですか。 

お遍路は強烈なパワースポットです。手を合わせ、ただ拝むだけで、心が穏やかになる。

日本人に生まれてよかった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です