庭の桜が散ってしばらくたったころ、ある青年がやってきた。やってきたというのは、本屋にやってきた。
本屋といっても家である。家の片隅で本が少しだけおいてある、通りすがりの人は築かないような本屋である。
青年の名は白井雄一。昨年、地元の松高大学法学部を卒業して、無事にソフトウエアの営業マンになった。
でも研修の過酷さについていけず、五月病どころか四月の第二週から弱音を吐き始めている。
就職活動はとても大変だったけれど、いざ入ってみると、もっと大変だった。
高校や大学のように、時間通りには終わらないし、お腹がへっているからといって、トイレでコソ弁することもできない。定時後は会議があるし、新人であるため業務報告書の提出もある。人事部や教育部からは通信教育の課題が出されるし、支店長からは「これ見ておけよ」と基礎からの営業「入門編」14巻セット+別巻2(1巻あたり90分)の合計16本のDVDを渡された。時間なんていくらあっても足りない。
気が滅入って、スマホでなんとなくSNSのアプリを眺めていたところ、目の前にある書店の写真を発見した。
「こんなところに本屋があったのか。」
玄関に立って、辺りを見回すと、田んぼである。周りをみても人っ子ひとり歩いていないし、今後も他にはお客が来る様子はない。
貧相な玄関のドアを開け、中に入ると、いわゆる民家の玄関である。靴置き場があり、三和土があり、向かって左側には靴箱がある。
玄関から奥を眺めると、右側に→が出ており、どうやらこちらが、お店のようだった。
中に入ると、部屋中、本だらけだった。たくさんの本の合間にすこし遠慮した感じに、ソファーと観葉植物がおかれていた。
中に入ると、店主は本棚と向かい合っており、お互いに軽く会釈をすると
「いらっしゃい。こうやって、本を眺めるとリラックスできるんですよ。本は読むだけではなく、眺めたり、触ったりしてこそ本ですね。いやむしろ眺めて他事を考えるべきなのかもしれません。」
なんだか意味深のことをいっているようで意味がわからないこといっているな・・・。と思いながら雄一は店主をまねて本棚を眺めることに決めた。
10分ほど経過したであろうか。このままこれでいいのか、と思うようになってきた。